『侍たちの警視庁 大警視川路利良の時代』まえがきより

明治七年(一八七四)一月十五日、警視庁は生まれました。
警視庁はそれまでの日本に存在したことのない新しい組織でしたが、その人員には日本古来より存在し続けてきた侍が当てられました。
これは初代大警視となる川路利良の「本邦尚武士あり。然るに是を廃して用ひざるは失政の極と云ふべし」という建言が採用されたためです。
全国各地から身分・思想・出身地の異なる侍たちが警視庁に集いました。薩摩藩士もいれば幕臣や會津藩士もいます。歴戦の兵もいれば時代を動かしたテロリストもいます。足軽もいれば殿様もいます。数年前まで戦いを繰り広げていた侍たちが同じ羅紗の制服に身を包みました。
生まれたての警視庁には名の通った侍が多数在籍していましたが、現在その事実はあまり知られていません。彼らについてもっと知りたいと思い、十年前に調査と掃苔を開始しました。明治全期を対象とするのは難しいと考え、日本警察の父と言われる川路利良が警保助兼大警視に任ぜられた明治五年(一八七二)から亡くなった同十二年(一八七九)までの警保寮・警視庁・警視局東京警視本署に在籍した警視官に絞りました。
そして平成十九年一月七日、『侍たちの警視庁』という私家本を出版しました。今見ると間違いや未熟な点がいくつもあって汗顔の至りですが、ありがたいことに評価してくださる方もいらっしゃいました。
その一人に釣洋一先生がいらっしゃいます。釣先生の著書は執筆の際に大変参考にさせていただいたので、お礼を申し上げるべく釣先生ご夫妻が経営する音楽酒房「春廼舎」を訪れました。平成十九年三月二十七日のことです。釣先生とはこのときが初対面でしたが、贈呈した『侍たちの警視庁』をご覧になり「墓は全部訪ねているんだ。すごい!」とおっしゃいました。その時の感動は今もはっきり覚えています。以後、今日に至るまで釣先生からはたくさんのご教示、ご紹介、チャンス、励ましをいただいております。
『歴史研究』の吉成勇主幹も『侍たちの警視庁』を評価してくださった一人です。吉成主幹は拙著を多くの方に知っていただけるように計らってくださり、講演の機会もくださいました。著名な歴史研究家からの評価の言葉と、読者からのたくさんのお手紙は私に喜びを与え、その喜びは私を再び調査と掃苔へといざないました。
そうして新たに多くの警視庁の侍たちと出会うことができ、このたび『侍たちの警視庁 大警視川路利良の時代』という書名で改訂版を出版することとなりました。
この本では警視庁の侍たち百十七名(西南戦争に際して内務省が徴募した侍たちも含め)を紹介していますが、彼らの墓が存在する地域ごとに章別に掲載しています。なぜそのような分類にしたかというと、私にとって墓が特別な存在だからです。
墓というと陰鬱なイメージを持つ方もいらっしゃると思いますが、十代後半から幕末明治を生きた人物の掃苔(墓参り)に没頭してきた私にとって、墓とは故人の住居であり、故人を最も感じることができる場所です。
百十七名のうち百十名は墓を訪れ、合掌し、ご挨拶をしてきました。しかし逸見宗助、山田吉亮、和田篤太郎、金成善左衛門、本間耕曹、寺島秋介、丁野遠影の七名は墓の所在が判明しない、もしくは掃苔の許可が得られませんでしたので、代わりに親族の墓や菩提寺を訪れました。
この本が、生まれたての警視庁を彩った怪しくも魅力的な侍たちを知っていただくきっかけとなれば、この上ない喜びです。
名前 拙著におけるキャッチコピー 階級 出身
北海道
丹羽 五郎 家禄千石から月給二円五十銭の邏卒へ 二等少警部 會津藩
青森県
杉山上総 石田三成の子孫 一等少警部 弘前藩
斎藤 主 上杉謙信を尊崇する不識塔の主 巡査 弘前藩
岩手県
田村 崇顕 仮親は伊達慶邦 御用掛(明治十二年) 一関藩
新渡戸 七郎 新渡戸稲造の兄 警部心得 南部藩
宮城県
細谷 十太夫 からす組を率いた仙台の怪傑 一等少警部 仙台藩
金成 善左衛門 星恂太郎の義兄 一等少警部 仙台藩
葦名 盛景 額兵隊総督 三等少警部 仙台藩
伊達 宗亮 榎本、土方と談判した仙台藩の執政 三等少警部 仙台藩
秋田県
竹貫 千萬雄 赤報隊・竹貫三郎の弟 四等巡査(明治九年) 秋田藩
山形県
千坂 高雅 大久保利通に愛された才子 少警視 米沢藩
本間 耕曹 大富豪警部 大警部 酒田
福島県
佐川 官兵衛 「鬼」と呼ばれた會津藩家老 一等大警部 會津藩
柴 五三郎 「芋征伐」に燃える柴四兄弟の次兄   會津藩
海老名 季昌 パリ帰りの會津藩家老   會津藩
藤田 五郎 複数の名を持つ新選組副長助勤 警部補 新選組
飯沼 源八 白虎隊・飯沼貞吉の兄 警部補(明治八年) 會津藩
窪田 重太 父は禁門の変に、自らは西南の役に殉ず 三等巡査 會津藩
池上 四郎 大坂の父と呼ばれた會津武士 巡査 會津藩
大桶 弘蔵 仇討に燃える二本松の少年 巡査 二本松藩
三浦 文治 巡査転じて自由党壮士となる 巡査 會津
茨城県
菊池 剛蔵 生き延びた桜田烈士   水戸
根本 正 禁酒、禁煙法の父   水戸藩
群馬県
村山 具膽 桐野利秋を感動させた勇士 権大警部(明治九年) 館林藩
神奈川県
渥美 友成  松平春嶽の側近 権少警視 福井藩
追浜官軍墓地 殉職した警視隊三十二人を埋葬    
久保山墓地 殉職した警視隊五人を埋葬    
静岡県
今井 信郎 龍馬を斬ったとされる男 一等中警部心得 幕府
三重県
町田 武須計 立見鑑三郎の兄   桑名藩
服部 半蔵 服部半蔵家の兄弟   桑名藩
新潟県
池田 九十郎 江川塾に学んだ長岡の俊才 二等少警部 長岡藩
高野 譲 山本五十六の兄 警部補 長岡藩
赤井 景韶 巡査転じて自由党壮士となる 巡査 高田藩
富山県
佐渡賢隆 適塾門下生   高岡
石川県
浅井 寿篤 大久保内務卿暗殺犯に元巡査あり 四等巡査(明治九年) 鳥取藩
福井県
比企 福造 鎌倉比企一族の末裔  二等中警部  
京都府
田辺 良顕 柴田勝家を敬慕する福井の侍 権中警視 福井藩
和歌山県
村野 山人 乃木神社建立に私財を投じた薩摩人 巡査(明治五年) 薩摩藩
大阪府
高崎 親章 私学校党に父を殺された警部 二等中警部 薩摩藩
真田山旧陸軍墓地 殉職した警視隊七人を埋葬    
鳥取県
松田 秀彦 大久保利通暗殺計画に関わった豪傑 巡査 鳥取藩
山口県
林 三介 庁内長州派の長 権少警視 長州藩
寺島 秋介 大村益次郎の弟子 一等大警部 長州藩
長井 能道 平群島の東京巡査 三等巡査  
高知県
丁野 遠影 詩を能くする山内家の側近 少警視 土佐藩
植松 直久 警視庁の名文家 三等警視属 土佐
福岡県
綿貫 吉直 天道に愛されし柳川の豪傑 少警視 柳川藩
山川招魂社 殉職した警視隊九人を埋葬    
長崎県
佐古招魂社 殉職した警視隊七十九人を埋葬    
大分県
篠澤 虎之助 阿蘇に散った白虎隊隊士 一等巡査 會津藩
大分市護国神社 殉職した警視隊百三人を埋葬    
佐伯招魂所 殉職した警視隊十四人を埋葬    
熊本県
七本官軍墓地 殉職した警視隊十四人を埋葬    
宇蘇浦官軍墓地 殉職した警視隊六十四人を埋葬    
小峰忠霊搭 殉職した警視隊七十一人を埋葬    
高瀬慰霊塔 殉職した警視隊二十四人を埋葬    
八代魂碑 殉職した警視隊二百七十一人を埋葬    
宮崎県
細島官軍墓地 殉職した警視隊十六人を埋葬
鹿児島県
久木村 治休 リチャードソンを斬った薩摩隼人 三等中警部 薩摩藩
大竹 幹 警視庁に出仕した南町奉行同心 三等少警部 幕府
中原 尚雄 西南戦争の引き金となった男 少警部 薩摩藩
長谷場 純孝 西郷を慕って帰郷した警視官   薩摩藩
竹下 九郎 南洲墓地に眠る元警視官   薩摩藩
黒川 濤五郎 西南戦争で惨殺された元警察官   薩摩藩
祇園洲慰霊塔 殉職した警視隊三百五十三人を埋葬    
泰平寺官修墳墓 殉職した警視隊八人を埋葬    
鹿児島県
川路 利良 警察に興りて警察に終わりし者 大警視 薩摩藩
安藤 則命 川路の遺志を継ぐ薩派の雄 中警視 薩摩藩
佐和 正 脱走犯から警視庁幹部へ 少警視 仙台藩
国分 友諒 西郷復職に熱中した川路の対抗馬 権少警視 薩摩藩
三間 正弘 河井継之助を補佐した長岡の雄 権少警視 長岡藩
ガンベッタ グロス 月給三百五十円のお雇い外国人 顧問 フランス
石井 邦猷 大警視になれなかった最高権力者 権中警視 日出藩
檜垣 直枝 牢獄で維新を迎えた土佐勤王党 権少警視 土佐藩
前田 元温 名医の警視 権少警視 薩摩藩
松岡 萬 辻斬りを習慣とする鉄舟門下 一等警視属 幕府
川畑 種長 田原坂に凱歌を響かせた川路の義兄 一等大警部 薩摩藩
安村 治孝 西郷を生捕りにせんとした警部 三等大警部 長州藩
山下 房親 西郷と川路の間で苦悩する男 三等大警部 薩摩藩
園田 安賢 抜刀隊長から警視総監へ 三等大警部 薩摩藩
石澤 謹吾 監獄の大功労者 二等中警部 飯田藩
上田 良貞 抜刀隊を発起した剽悍な薩摩隼人 一等大警部 薩摩藩
小野田 元凞 パリを見てきた川路の後継者 二等大警部 館林藩
俣野 景明 豪勇の庄内藩士 三等大警部 庄内藩
川路 利行 勇猛果敢な川路本家十代目 三等大警部 薩摩藩
金井 允釐 ワッパ騒動の指導者 一等中警部 庄内藩
川路 利暱 川路大警視の弟 一等中警部 薩摩藩
新納 竹之助 薩摩スチューデント 十二等出仕(明治九年) 薩摩藩
内村 直義 田原坂の會津武士たち 二等中警部 会津藩
太田 時敏 稲造に「武士道」を示した南部武士 二等少警部 南部藩
安楽 兼道 東獅子と呼ばれた警部 二等少警部 薩摩藩
谷口 四郎兵衛 五稜郭帰りの新選組隊士 二等少警部 桑名藩
室田 景辰 警察手眼を実践した薩摩隼人 三等少警部 薩摩藩
堀 親広 飯田藩当主から警部へ 権少警部(明治九年) 飯田藩
小出 英尚 兄弟そろって警視庁に出仕した大名 権少警部(明治十一年) 丹波園部藩
赤塚 武盛 警視庁の英雄となった會津武士 警部補(明治九年) 会津藩
川路 利恭 川路利良の娘婿 少警部(明治十二年) 薩摩藩
岩崎 馬之助 岩崎弥太郎の親戚 御用掛准奏 土佐藩
月形 潔 樺戸集治監の名典獄   福岡藩
寺本 義久 殉職第三号となった模範警察官 警部補(明治七年) 津藩
千葉 束 千葉さなの後継者 警部補  
安立 綱之 国分三兄弟の末弟 警部補 薩摩藩
川合 好直 思案橋の凶刃に殉ず 四等巡査(明治七年) 平藩
下江 秀太郎 朱鞘を許された北辰一刀流の天才 四等巡査 宇都宮藩
逸見 宗助 破邪顕正 警視庁の剣術 巡査 佐倉藩
沖田 芳次郎 沖田総司の甥 巡査 新徴組
美濃部 戌行 古今亭志ん生の父 巡査 幕府
樋口 則義 樋口一葉の父 警視局雇 甲斐
山田 吉亮 首斬り浅右衛門 囚獄掛斬役 江戸浪人
江口 高確、迫田 利綱、石原 近義、照山 秀範、長尾 景直、田中 耕造、山口 尚武、大山 綱昌、有馬 純堯、西 長言、永谷 常脩、園田 長輝、松平義生、夏目 直克、青山 直道、大浦 兼武、井上 正順、谷 豊栄、樋脇 盛苗、土方 勝、和田 篤太郎、横尾 東作、阪谷 朗廬
コラム
①調査中の警視官たち        ②警視官の制服        ③警視隊の出征        ④警視隊と宝丹